幸せな施設



 

「おはようランプラー。今日も一緒に仕事を頑張ろうな」

 
白髪の、六十程の老人は、自分のポケモンに話しかけた。老人のポケモンであるランプラーは、無表情のまま頷いた。

駅から車で一時間ほど山道を走ったところにある施設。ここは、世の中で働き続け、無事役目を果たしたお年寄りが集う場所、いわゆる老人ホームだった。施設は五階建てで、各部屋にはお年寄り達が宿泊できる設備が整っている。建物の中には公共の広場があり、カラオケや麻雀等の年配が遊びやすい娯楽施設も整っている。まさに、老後をのんびりと暮らす人にとっては適切な施設。

ランプラーの持ち主である老人は、ここの責任者だった。若い頃、彼の父親から施設を譲り受け、建物を改築し事業を維持していた。つまり、二代目の会長になる。

彼は、ここから徒歩十分のところに自宅を持っていた。しかし、妻を数年前に亡くし独り身になってからは、施設を利用するお年寄り達と施設内に泊まることが多くなっている。利用客は大体会長と同じ歳なので話も合うし、毎日の暇をもてあます趣味も似ている。大勢と暮らしていると、幼い頃友人の家へ泊まりに行った日のことを思い出せて、会長自身気分が良くなれた。そんな生活をしていたからか、会長は、施設のお年寄り達からとても人気があった。
彼は外出するため、スーツに着替えて施設の出口に向かう。

会長が通ることに気づいた利用者は、彼にすすんで挨拶をする。

「会長おはようございます。ランプラーちゃんもおはよう」そう言ったのは、今年七十歳になる、夫を亡くした老婆。ランプラーは、彼女に大人しく撫でられている。

「おはようございます。体調に変わりありませんか?」

「ええ、体は衰えても、まだまだ元気ですよ」

「よかった。今日も元気に過ごして下さいね」

次に話しかけてきたのは、八十歳を超えているお爺さん。彼は昔若い頃、まだ会長が家業を継ぐ前、会長の家の近所に暮らしていたのだが、家族は皆忙しく、とても面倒を見切れないという理由でこの施設へやってきた。始めは老人ホームで暮らすことを拒んでいた老人だったが、知人が経営しているここならば行っても良いと、漸く首を縦に降ったのだった。

「会長、それにランプラーも。会長さんは、今日もまた出かけるのかい?」

「ええ、これから打ち合わせに」

「お前さんもとっくに還暦を過ぎているから、息子に後を任せてのんびりすれば良いのになあ。俺なら、一日中麻雀の相手をしてやるぞ」

「いやいや、あいつにここを任せるのは早いですよ。それに、私はまだ働けますから」

「そうか、残念だな。じゃあ、また暇な時に一局打とうじゃないか」

「分かりました。楽しみにしています」

 
気をつけてなと見送るお爺さんは、それは晴れやかな笑顔だった。

他の利用者や従業員からも絶え間なく挨拶をされる。中にはポケモンの年寄りも混じっていた。ここにはポケモンの従業員も多い。

共通点は、全員が笑っていること。

ここで暮らす人、働く人は、全員幸せそうに毎日を過ごしていた。

ここに住みたい、ここで働きたいと言ってくる人やポケモンは後を絶たない。それらの希望に何とか応えようと、会長はこれから新しい施設の建設についての打ち合わせに行こうとしていたのだった。
昔はこの事業が嫌いだった。何故わざわざ赤の他人を一つの場所に集め、面倒を見なければならないのか。彼は本気でそう思っていた。

しかし、彼が親の言いつけに背き、営業で様々な家庭に赴くようになってから価値観は変わった。独り暮らしをするお年寄りがとても多いのだ。家族が事故のせいで先に逝ってしまったり、自分の子どもが独立したまま家に戻ってこなかったりと理由は様々だが、重い老体を一生懸命動かし、家事を全て独りで済ませ必死に生活している年寄りを見た時、彼は、やりきれない気持ちになった。

その後、業績を伸ばしていた彼は仕事をあっさりと止め、同僚の説得にも耳を貸さず、自分の父親に家業を継がせてくれと頼み込んだ。現実を見て初めて、施設がいかに必要かを実感することができたのだった。

世間での役割を終えた方達に、後悔しない最後を迎えて欲しい。
純粋な気持ちは、確実に結果として現れていた。

「それじゃあランプラー。今日も巡回を頼んだよ」

玄関まで会長を見送ったランプラーは、元気よく頷いた。外で会長が仕事をしている間、施設内を見回るのは彼の仕事だった。
ガラスの自動扉が開き会長が居なくなることを確認すると、ランプラーはいつものように利用者達の挨拶をしていく。健康状態を確認するのも、ランプラーの役目だった。

 

「おはようランプラー。元気そうだね」

「あら、ランプラーちゃん。いつもお疲れ様、毎日ありがとうね」

「おお、もうそんな時間か。会長は今日も外出中かい?」

「お前を見ると、一日が始まったなと思うよ。せんべいでも食べるかい?」

「ランプラーちゃん、悪いんだけどトイレに行きたいから、サイコキネシスで手伝ってくれないかい」

「お疲れ様ランプラー。いつもすまないね」

 

熱烈な歓迎。ランプラーは、施設のアイドルと言っても過言ではない。

他にも、従業員のサポートをしたり、あまり歩けない年寄りをわざで支えてあげたりと、施設で勤めるポケモンとしての作業をこなしていく。利用者は、皆ランプラーが側に来ることを喜んでいた。
順調に職務をこなしていたランプラーが次の部屋に入る。基本この施設は、余程体に支障がなければ三人から四人が一つの部屋で共同生活をするのが決まりである(多少カーテン等でプライベートは守られる)。しかし、体が不自由で一人での生活が困難な利用者には、ある程度の設備が必要なため、専用の部屋を用意されている。

ランプラーは、その部屋に入っていく。中には現在の利用者が一人。
ベッドで寝たきりの六十代男性。施設利用し始めた当初から体の調子が悪く、ほぼ寝たきりの生活を送っている。

他の利用者とは違いあまり動き回れない彼にとって、ランプラーが来ることは嬉しいことだった。
閉じていた目蓋が開き、顔の前で浮かぶランプラーを見つめる。

「おお、ランプラーちゃん。少し寒いから、エアコンの温度を上げるように、介護のお姉さんに言っておいてくれ」

ランプラーは頷く。男性は、目の前のポケモンに向かって手を差し出す。何をしようとしているか分かったランプラーは、体の一部である手に似た場所を、男性に掴ませた。

「暖かいねえ、ランプラーちゃんがいれば、エアコンはそのままでもいいかもね」

ランプラーは、じっと男性を見つめたまま動かない。無表情だが彼の目が細くなり、体の中央にある炎が大きく揺れる。

「元気だねえ。ランプラーちゃん」

男性はそのまま、ゆっくりと目を閉じた。
寝息が聞こえ、男性が意識を失った後も、ランプラーは手を握らせたまま動かない。

結局、数十分その体勢でいた後、ゆっくりと男性の手を解き、部屋を後にした。もちろん、言われた通りエアコンの温度は上げておいた。

その後ランプラーは、時間をかけてほとんど全ての患者のところへ顔を出し、同じ作業を繰り返した。

 

ランプラーは役目を終えると、会長の部屋でのんびりと浮きながら彼の帰りを待った。
外から車の音が聞こえる。ランプラーが外を見ると、従業員専用駐車場に黒い乗用車が入ってきた。この施設の従業員で、黒い車に乗っているのは会長しかいない。ランプラーは、直ぐに自分の飼い主が戻ってくるのが分かった。

暫くすると、予想通り会長が自分の部屋に笑顔で入ってくる。

「ただいま、ランプラー。今日もお疲れ様」

両手を広げる会長に、ランプラーは真っ先に飛び込んでいく。大好きな主人からの抱擁に甘えている。

「建設会社の人と話し合ってきたんだが、新しい施設が三年後には完成しそうだ。前々から相談していたが、資金も貯まったし、これでもっと利用者が増えるぞ」

報告を受け、ランプラーは自分のことのように喜んでいる。

「これから忙しくなるだろうな。新しい従業員も雇わないといけないし、お前のように手伝ってくれるポケモンも増やさないといけない。お前には苦労をかけるけど、これからも宜しくな」

ランプラーは、任せろと言わんばかりに力強く頷いた。
2人きりの時間を過ごしていると、部屋の入り口にある扉が勢いよくノックされ、返事も待たずに開かれた。入ってきたのは、ここで長年働いている中年の女性。

「会長、一人部屋の○○さんが」

その一言を聞いて、会長は直ぐに動き出した。ランプラーも慌てて後を追う。

廊下を利用者とぶつからない様に走っていく。あの男性が寝ている部屋には、既に大方の利用者と従業員が集まっていた。

会長が来たと分かると、集まっていた人たちは道を空ける。
ベッドで横になっている男性は、ランプラーが様子を窺った時よりも衰弱していた。

会長達が近づいて来たことに気づくと、男性は辛そうに目を開けた。

「会長に、見取って貰えるなんて、俺は、幸せ者だね」

「無理に喋らないで下さい。気分は、どうですか?」

「最高ですね。死ぬのはもっと、恐いかと思いましたが、そんなことはない、ですね」

 男性は、とても落ち着いていた。

「ご家族に連絡しましたが、電話に出てくれなくて」

 呼びに来た女性が、会長に囁く。

「良いですよ。どうせ家にいても孫は相手にしてくれません。痴呆が進んでいると知った時からこうなることを望んでいました。自分が誰なのか、分からなくなるのが嫌なんです」

「―――分かりました。家族には、連絡だけをしておきましょう」

「ありがとう、会長。先に逝くよ」

 ランプラーが男性の額に触れる。すると、男性は眠るように息を引き取った。
 泣く者は誰もいない。

 会長は、男性に一礼をする。集まってくれた人達にお礼述べながら従業員に後のことを任せ、部屋に戻っていく。
 報告に来た女性が、会長の隣を歩きながら言う。



「最初ここに就職した時、知識はあったとはいえ驚きましたよ。利用者の皆さんの感覚が麻痺しているのかと思いました。けれど、それは勘違いでしたね」

「ランプラーのようなポケモンに生命エネルギーを吸わせて、人間やポケモンを自然に逝かせることがかね?」

「ええ、最初はよく分からない名前の団体から猛反対があったとか。私も、昔は生きられる人を死なせるなんて、認めるべきではないと思っていました」

「確かに最初は反対意見の方が目立っているように見えたね。しかし発案者である私の父は、この制度の正当性について真剣に取り組んだ。間違っていないと信じてきた。何年も言い争いが続いたが、結局国民の半分以上は父と同じ意見だった。流石に健康な若者がこの制度を利用するのは禁止されているがね。利用できるのは、私のように定年を迎えたお年寄りか、自分だけで自立して生活できない国民だけだ」

「あの制度が認められてから、制度を利用し自分から死を選ぶ人は増えましたが、国民全体の病気にかかる割合が減ったらしいですね。それに、若者が活発的になって国全体が明るくなったとか。あ、後、自殺者も減ったと発表されましたね」

「きちんとデータを取って分かった事実だからな。そこまで結果が出れば、政府も認めざるを得なかった訳だ」

「でもやっぱり、他にも施設があるのにも関わらず、ここに人が集まるのは、会長の人柄のお陰ですよ」

「そう言ってくれると、私も頑張っている甲斐があるというものだ」

微笑みあいながら、会長と女性は廊下を進んでいく。


「でも未だに疑問なんです。何故、自殺者まで減ったのでしょう?」

「そのことだがね、正しいかは分からないが、私はこう思うのだよ」

 会長は、女性に視線を送りながら言う。


「マラソンでも、ゴールがきちんと見えていると力が湧いてくるだろう。それと同じだ」




2012年 12月31日 コミックマーケット83にて発行 「経験軽減ボランティア」より

illustration:万夜


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